昭和49年泊親会千田廣繕師範とともに名古屋市西区にて名古屋修友館空手研究会設立、千田師範42
歳で亡くなった後実戦空手道志道塾と改名、代表師範となる。15歳の時松涛館空手高田支部の諸先輩を
始めとし、名古屋の和道流守山支部の梅本和道師範、東京板橋区氷川町の建武館道場、篠田豊実館長、
泊親会愛知県本部長の千田廣繕師範、剛柔流泉武会覚心塾の鈴木覚塾長、沖縄小林琉九道館比嘉佑
直先生の高弟で全沖縄古武道連盟又吉真豊先生の高弟でもあられた嘉手川重夫先生の諸先生方には大
変お世話になり現在に至る。高度成長の影であまりにも軟弱化し礼節を忘れてしまった老若男女に警鐘を鳴ら
すとともに、沖縄の伝統文化である武道空手の伝承、保存のために平成12年住居地である愛知県稲沢市駅
前3丁目21−22に名古屋空手武道専門学院を設立。
剛柔流泉武会覚心塾時代 鈴木覚塾長と 嘉手川先生にお連れ頂いた那覇の順道館道場にて剛柔流宮里栄一先生と
1967.2.26 全沖縄空手道連盟結成大会
沖縄各流派の重鎮たち
1987年2月 那覇市壺屋町のご自宅、集会場
酒房うりずんにて
琉球古武道平信賢直弟子仲本政博沖縄無形文化財10段
沖縄剛柔流東恩納盛男沖縄無形文化財10段とカキエ